![]() |
一昔前、東京コレクションって結構流行りましたよね。でも人と同じことが基本的に嫌いな私は、 流行とともに離れて行きました。たまに洋服ダンスを眺めてみると、まだまだ全然痛んでいない洋服が、 整然と吊るされています。最近の東京コレクションのデザイナーは”いったい誰なの”と疑うほど、 商用主義的よ言うか、キャラクター的と言うか、かつての仕切りの高さが無くなってしまったようで残念です。 |
【NICOLE、HOMMEが好きな人、1980年頃へのフラッシュバック】 ・自分からみた1982年頃のDCブランド。 Click! ・DCブランド購入ストーリー。 Click! ・非売品をお譲りします。 Click! |
![]() |
| ブランド | こんな感じ |
|---|---|
| NICOLE |
NICOLEと言えば松田光廣さんです。私はmonsieur NICOLEのデザイナーが小林さんに代ってからは買っていません。
ダブには全てBY MITSUHIRO MATSUDAが刺繍されています。NICOLEをミーハーにしてしまったのが、芸能人などが本番収録で着用していた影響と思っています。
早くからマダムブランドを中心にアメリカ進出を始め、ヨーロッパなどへも活躍の場を広げていったようです。
私の知る限りでは、NICOLEのブティックは白を基調とした明るめの店内で、例のごとく、棚に1枚づつシャツやニット類を並べていました。
最初にお店に入った時は、結構ドキドキしたのを覚えています。
|
| COMME des GARSON HOMME |
GARSONと言えば川久保令さんです。私の知る限りでは一環してヨーロッパを中心にGARSONを貫いています。(拍手、パチ!パチ!パチ!)
GARSONのブティックはどちらかといえばダーク系ですね。特にコンクリートカラーとでも言うのでしょうか(コンクリートそのもの)
暗い感じが多いようです。でも、あの洋服に良く合うんですね。GARSONは結構素材の染め方にも色々工夫している場合が多く、
電球系の間接照明だと良く分からず、入り口近くの自然光付近まで洋服を持っていき確かめたものです。
はっきり言って、一番入りにくいお店でした。
|
| MEN'S BIGI |
BIGIと言えば菊池武夫さんです。菊池さんがMEN'S BIGIの一線から離れTAKEO KIKUCHIを展開してからは購入していません。
当時、コント赤信号のリーダー渡辺が”BIGIのパンツ”ってよくやっていました。
皆さん覚えていますか?あのMEN'S BIGIの袋。グレーのビニール袋に青字でMEN'S BIGIって書かれている奴。
探せば未だどこかにありそうな気がします。
残念ながら私の通ったBIGIは一点屋と違い、MELROSEと一緒のお店でした。店内はNICOLEやHOMMEに比べればずいぶん入り易かったようです。
|
| Y's for MEN |
Y's for MEN、知っていますか? そうです、山本耀二さんのブランドです。山本さんは多彩?な方だったようで、
パリで成功したのを契機に色々なことに挑戦していたようです。Y's for MEN の歴史は短かったのではないでしょうか?
一般的には Yoji Yamamotoで知られていると思います。
|
| その他 |
早くからヨーロッパで成功し世界的にも有名だた三宅一生さん、
”たけし”でお馴染みのニットにこだわり続ける(今でもそうですか?)小西幸夫さん などの洋服も1点程購入したことがありましたが、
どうもしっくりきませんでした。 個人的には”HOMME”が最高峰だと思っています。 |
|
誤解されると悪いので念のため、私は貧乏なのでいわゆる成り金的な購入はしていません。 何回も足を運び、品定めを繰り返し、自分の稼ぎと常に相談しながらちょっとづつ買っていました。 もちろん、ローンを組んで購入したこともありません。ただ、店員の方に結構可愛がってもらっていた口で、 何かと便宜を図ってもらえることが多かったようです。 |
|
| 項 目 | コメント |
|---|---|
| 苦い想い |
当時、社会人になりたての頃、初めてのお給料で仲間数名と洋服屋へ行ったことがあります。
学生時代から、ファッション誌でHOMMEやNICOLEなど知ってはいたものの、着ている洋服と言えばスーパーで購入したような物で、
その全国展開している洋服屋(ブティック?)の店員に、なんかコバカにされたような接客を受けたものです。
いかにも何も知らない田舎者に”ダサイ洋服は止めて、当店のハイセンスな物を!”と言わんばかりの攻勢。
友達数名はシャツにパンツ、ネクタイ諸々と数万円の借金を抱え込んでしまう有り様。
たとえ全国ネットのショップでも、オリジナルブランド(デザイナー)も無いたかが洒落た店。後で絶対決め込んで”店員をコバカにしてやるぞ”
と心に決めたものです。
|
| まずは練習 |
かと言って、いきなりターゲットとして目指すHOMMEやNICOLEへ突入すゆ勇気も無く(第一、もうちょっとマシな洋服を手に入れなければ)
少ない給料から、当時キャラクーとしてはアイビーからヨーロピアンへ展開中のJUN(懐かしい響きです)へ向かうことにしたのです。
それでもスーパーの洋服価格の2倍相当するプライスに動揺し、結局¥7,800程度のオーバーベストを購入しました。
これなら、下に普通のシャツでもごまかし易い?って思ったのです。
|
| 初めてのDC |
さて、上を手に入れたので次はパンツです。パンツを購入したら、いよいよターゲットへ突入と言うことから、やはり若干のDCらしさと雰囲気への慣れが必要と考えました。
そこで選んだのが、GRASS MEN'Sとパッシュ(細川氏のブランドですがスペルが解らない)
の取り扱い点で他にノーブランドも品揃えしている都合のいいショップでした。結局、GRASS MEN'Sのヘンリーボーンのウール系パンツを購入(¥12,000位?)、
このパンツは15年以上経った今でも健在です。
|
| 初めての NICOLE |
いよいよ、ターゲットの一つNICOLEです。こちらのブティックは一軒もので中には店員がばっちり決めている様子が見えます。
何回か店の前をそれとなくやり過ごし様子を伺ったものです。(結局その日は入らずじまい)
次の週チャンスはやってきました。その日はいつもの店員の姿は無く代りに女性の店員がいました。
何でも用があるとかで他店からたまたま手伝いに来ていると言うこと。なんとなく違う意味での話が合いゆっくり見ることが出来ました。
プライスを見ては驚き、また、勉強してきた知ってる限りの内容で応戦したことを覚えています。
当時セーターが2〜3,000円で買えた頃、¥14,000のVネックのいかにもNICOLEと言う印象の高いセータを購入しました。
もちろん先に購入したGRASSのパンツとのコーディネイトです。
|
| ちょっと話は 違いますが |
少し価格の話が出てきているので参考迄に当時の価格について紹介してみますと、
今では信じられませんがアルマーニのスーツ上下が\80,000、ベルサーチのスーツ上下が\70,000(両日本円価格)
程度で雑誌に紹介されていた頃です。その後、ブームも助け倍々に高騰していったようです。 ちなみに準社員の私の初任給は\90,000でした。 雑誌ではMEN'S CLUB、DANSEN、またMr.HI FASHIONが創刊されたのもこの頃です。専門紙ではありませんが、 POPEYE、Hot-Dog等でも良く特集を組んでいました。 |
| 常連 NICOLE |
既にNICOLEの洋服を手に入れ、お店に入りやすくなったため、ちょくちょく顔を出すようになりました。
当然購入する物も増えていき、パンツやシャツ、靴下等比較的カジュアル系を買っていたと思います。
この頃から店員さんとは顔なじみになり、ほとんどの場合、何も買わずおしゃべりだけで出てくることが多くなりました。
かねてからターゲットにしていたNICOLEと仲良くなれて嬉しかったことを覚えています。
|
| MEN'S BIGIと ディスコ |
さて、お洒落をすると人に見てもらいたい、認めてもらいたいと思うのが人の常。
用も無いのに街をブラブラしたり...、でも一番手っ取り速いのがその手の人達が集まる所、当時のディスコです。(カフェバーって言う物も出現した頃)
最初は衝撃的でした。皆、色とりどりに着飾ってブリティッシュ系の音楽に合わせて踊っていました。
その雰囲気にのめり込むほど、NICOLEのフォーマル系の洋服は精彩を欠き、踊り用としてBIGIを買うようになったのです。
落ち着いた雰囲気の店やラップ系(当時は走り)のディスコではそれなりなのですが、音楽的にはブリティッシュ系ニューヨーロピアンだったので、
ちょっと派手目で目立つ洋服が欲しかったわけです。今ではちょっと着る勇気がありませんが。
|
| 成人式とY's |
二十歳の1月15日は成人式です。ビジネススーツを身をまとった一般的な洋装に満足する訳が無く、
既に購入して使っていたNICOLEのハイウエストの黒のパンツに合うジャケットを探し周りました。
この頃にはGARSONを除くほとんどのDCに気軽に接することが出来るようになっていた為、NICOLEを中心にくまなくお店のハシゴを繰り返し、
何回となく袖を通し、結果たどり着いた先がY'sのジャケットでした。
当時としては珍しく4つボタンで、黒のウール系ジャケットです。(\40,000?)
後にも先にもY'sはこれ一点ですが、Yoji Yamamotoの成功により”得”した気分になったことを思い出します。 ちなみに、結婚式も自前でした。 |
| 最後はGARSON |
どうしてもそこのGARSONは入ってもプレッシャーが高くなかなか落ち着いて見れなかったのですが、違う地域に[1F]Redys、[2F]MEN'SのCOMME des GARSONがオープンしました。
新しいお店の為、いわゆる溜まっている人達もいずゆっくり見ることが出来ました。
このショップとの出会いから、メインはNICOLEからHOMMEへ移ることになります。
HOMMEでは流行系には手を出さず、Yシャツ、綿系ジャケット、パンツ、ジーンズ等”定番系”を中心に購入していました。
特に財布は一人で3つも購入し、昨年2つ目の痛みがひどくなった為3つ目をおろした次第です。
この1〜2年後、DCブランドブームにより洋服の価格も跳ね上がり、付加価値も薄れてきたように感じピタリと購入を止めました。
|
| お・ま・け |
GARSONの後はどうなったのか...。繊細な洋服の反動とでも言うか、今度は機能性を追求した洋服選びに移ったのです。
すなわちアウトドア系ブランド。最初に手を出したのがアシックス系が展開している「TARAS BOULBA」。
タウン系にも良く合うし、防寒着等はミーハーなスキーウェアブランドより機能に優れ、ゲレンデでも良く目立ちます。 その後は趣味とも合間って「FoxFire」。FoxFireはフライフィッシングを行っている人なら誰もが知っているフライフィッシング専用のブランド。 しかし、あまりのセンスの良さ?かアウトドアブームへの便乗か?真相は定かではありませんが、タウン系の品揃えも充実してきています。 子供ができてからは、もっぱら”ジャスコ”と”ユニクロ”が普段着のメインになってきました。 (まぁ、貧乏人だからしょうがないでしょうが...) |
|
非売品はNICOLEの常連時代の頃の物です。 当時、店員の代りに店番をやったりバーゲン時の手伝いなど色々協力していた背景があります。 この店員、何でもロスに渡り寿司バーで働くとかで、NICOLEの自分の後継者に私を第一指名してくれたのですが、 断りました。一生ブティック店員で食っていく自信も無かったし、また、それを希望していた訳でもなかったので。 まぁ、そのような間柄だったので何かと色々もらったのですが、今お分け出来る品は下記の二点のみです。よろしかったらどうぞお願いします。 念の為、営利目的では有りませんのでご理解願います。 |
![]()
| 品番:FAH#01 | 品番:FAH#02 | 相互リンクにどうぞ ここからリンクします |
|---|---|---|
| 品名:BOUTIQUE nicoleプラハンガー
|
品名:NICOLEジッポ型オイルライター
|
|
| 3本セット | − | |
| ¥1,000 | − |